隅の親石  [PDF] 

「家造りの捨てた石が、隅の親石となった。
これは神のわざ、人の目には不思議なこと」
      (典礼聖歌87 詩篇(118・22-23))

 この詞は何を意味しているのでしょうか。
 「家造り」、「捨てた石」、「隅」、「親石」
と言葉が出てきますが、何のことでしょうか。
「親石」という言葉は聖書全編のうちもう1ヶ
所に出てきます。

「主はつむじ風の中からヨブに言われる。
私はあなたに尋ねる、わたしに答えよ。
私が地の基(もとい)をすえた時-----その土台
は何の上に置かれたか、その隅の石はだれが
据えたか」           詩篇(38・4-6)

 これを読むと、「だれ」は神ご自身のことだ
とわかります。すると元の詞は「家造りの捨て
た石を、神が隅の親石にした」という意味にな
ります。

 この地では家は石で造られていて、親石とい
うのは石造りの建物の基礎のうちでも、隅に据
える非常に大事な石のことです。

 この石がキリストのことを意味し、その礎(い
しずえ)の上に教会が建てられたと解釈すること
ができます。すると「家造り」とは、キリストを
捨てた専門家つまりユダヤ教のリーダーたちで
す。

「キリストは人間の姿で現れ、死にいたるまで、
しかも十字架の死にいたるまで、
自分を低くして従うものとなった。
それゆえ神はキリストを高くあげて、
すべてにまさる名をお与えになった」 
        (ピリピへの手紙2・6-9 典礼聖歌317)

 詩篇の2ヶ所とピリピへの手紙の言葉は、共通
の内容であることがわかりますね。ところが前
者は旧約聖書、後者は新約聖書ですから、詩篇
は予言書として読むとよく理解できます。
 実際、聖書の中で「予言が成就された」とある
ものの多くは詩篇にあるいくつかの言葉が予言
として解釈されたものです。

 旧約と新約をつながった一つの聖書として読
むと、「隅の親石」の意味もはっきりし、その奥
深さに触れることができると思います。




>